IP番外編1:家族(親子)間でも、インタープリター

平成22年2月23日(火)


インタープリテーションのすすめ
「番外編・家族(親子)間でも、インタープリター」





にゃんぱち、はゆです♪

前回、「インタープリターって何?」って感じの記事を書いたのですが、
お友達からコメントを1通頂きましたのでご紹介♪


はゆさん、久しぶりです、こんにちは~。

インタープリターですか~、現代人に一番必要な物のように思いました。
コミュニケージョンとりにくい人で溢れていますよね~。
って言うか、コミュニケーション拒否している人とか。
家では今、親子間のインタープリターさんが必要かもです~。
何だか奥が深そうですね、インタープリターって。

comment by ふるやのもり






すっごく、核心を突いたコメントですよね。
読んで「はっ!?」と気づかされました。

私もコミュニケーションを取るのは苦手な方だったり(・ω・;)ヾ
もちろん、一般的なコミュニケーションは取れている(と思っている)んだけど、
親から「ヤラレタラ、ヤリカエセ」と育てられたもので、
会話でも、「敵意」「反感」を感じちゃうと、
つい、「目には目を」で言い返してしまうんです・・・
もう少し、成長しなきゃなぁ。

あと、親子間でコミュニケーションも、最近取れているのかな?
これも、結構、自問自答することがあります。
私は親と同居ですが、個々で居る時間も長いんですよね。
こうやってブログに書き込みしている間はもちろん一人ですし・・・

自分自身にも思い当たることがすっごくあって・・・(´・ω・`)





さて、「社会は小さな社会の集合体で出来ている」って言葉があります。
一番小さな社会は「個人」です。
自分の考えを自分の中で消化し、実行する「社会」と言えるでしょう。
その個人が集まり「家族」という社会が出来、
そこから、「学校」だったり、「会社」だったり、「地域」だったり。
地域がたくさん集まれば、「」になり、
そして、その集合体が「世界」を作っています。

その「世界」こそが、「大きな社会」なんです。





つまり、コミュニケーションの育成は、
小さな社会から生まれると言っても過言ではないと私は思うんです。

最も小さな社会が内向的であれば外にでても内向的で、
最も小さな社会が外向的であれば外にでても外向的。

もちろん、外の世界では、
いくつかの小さな社会の影響を受けあって広がりますから、
外向的な小さな社会が多ければ、その集合体は外向的方向に向かう割合が高く、
内向的な小さな社会が多ければ、その集合体は内向的方向に向かう割合が高い。



もちろん、
この「内向的」や「外向的」というのは、ひとつの例え



別に「内向的」だろうが、「外向的」だろうが、それ自体が問題(善悪)ではなく
どっちにしても社会が成立する以上、コミュニケーションを取る必要があり、
コミュニケーションを取る必要がある以上、
コミュニケーション能力が高いにこしたことはない・・・ってことなんだと思う。

そのコミュニケーションの中心にあるのが、
小さな社会(でありながら、個ではない)・・・家族なんだと。(´・ω・`)



うまくコミュニケーションを取るためには、
相互理解を促す「家族(親子)間インタープリター」が居れば、
もしかすると、もっとより良い社会を構築できるのかも知れない。










じゃぁ、家族の中で、
互いの相互理解を深める役目っていったいなんだろう・・・なんて考えると

あっ!!!

・・・と気づくことがあるんです。










一般的な、理想的な家庭を想像すると、
家族(親子)間インタープリター」って・・・いますよね?

古い言葉で言えば、「父が叱り」「母が慰める」ですか。
もしくは、「アメ」と「ムチ」とも言いますか。

ただ、ただ単に父が子を叱って、母が子を慰めるだけではないんですよね。
母は「諭す(さとす)」んです。



子どもが何かイタズラをすると、
父親は威厳を持って、その行為を叱ります。

でも、子どもには子どもの理由があって「イタズラ」をしていたりします。
つまり、この親子の間には相互理解が無い状態なんですね。

そこで、お母さんの出番です。
お母さんは、子どもを諭します。

子どもが何故そのイタズラをしたのか、ゆっくりと聞き、それを肯定します。
その上で、父親が何故それを怒っているのか、理解できるように説明します。
何が正しく、何が間違っているのかは、子ども自身が判断することになります。

これにより、
子どもは父の威厳(の裏に隠れた真意)に気づき、
「善悪」を考える時間を与えられ、社会の統制を学びます。



このときの「お母さん」の仕事はインタープリテーションそのものですよね。
相互理解を深めるための仲介を勤めています。



ここでは、「お母さん」がインタープリターの役を担っていたと書いていますが、
この役は別に「お母さん」が行う必要はありません。
お父さんが行っても良いし、おじいちゃんやおばあちゃんでも出来ます。
叔父さん、叔母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、
社会が広がれば、ご近所さん、友達、学校の先生でも構いません。

さらに言えば、
シングルマザー、シングルファーザーでも
順序と時間を十分に使えば可能です。










おそらくですが・・・
一般的に、この家族(親子)間のインタープリテーションは
歯車さえ違わなければ、普通に行われていることなんだと思います。

でも、現在、一般的な家庭の中で
インタープリターの役をやりたがる人がいない・・・
(出来る人がいない?)

何故ででしょう?










答えは解りません。

社会的環境が変わってきたことにより、
家族内のインタープリテーションが出来ない環境になっているのかもしれません。

または、マスコミなどが誇張して取り上げることで、
そういった家庭が増えてきたように感じるだけかも知れません。

きっと、原因は1つではなくて、様々な要因が重なり合って、
現在の環境になっているんでしょうね。
それは非常に複雑で、根本的な問題点が見えず、
解決を要するのは非常に難しいことかもしれません・・・。










じゃぁ、どうすればいいの?
まずは身近なところから?
身近なところっていうと・・・自分の身の回りの社会(家族や地域や会社)

私の家だと、どうなんだろう。
もっと、親とコミュニケーションを取る時間を作れないのか。

私を育ててくれたときには、
確かに私のそばにインタープリターがいた気がしました。

次は、私がその家族(親子)間の
インタープリターになる時期になったのかもしれませんね(`・ω・´)





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by mikenekohanten | 2010-02-23 23:46 | 環境系インプリ