話の整理したいのです

ということで、
どうにもすれ違いばかりなので
「私がどのように考えていた」のかここに記載します。

ここなら、文字数を数えながらタイプする必要も無いですしね( ̄▽ ̄;)ヾ
もう少し早くにこれに気付けば、
あなぐま先生のブログを荒らすような真似にもならなかったですか・・・orz


ではメモ代わりにあなぐま先生の記事を引用します
 出所:http://blogs.yahoo.co.jp/a_anaguma_kun
 サイト管理者:a_anaguma_kun


4月1日改変。
あなぐま先生より、
記事の非公開化、または転載された部分の削除を求められましたので、
転載部分は削除し、他は法的引用の許される範囲で"引用"と言う形でログを残します。
不用意に転載しましたこと、ここにお詫び申し上げます。

あなぐま先生がおかきになられた記事本文に関しては
あなぐま先生本人から非公開であれば良いというお話をいただきましたので、
非公開の状態にします。

 引用先:http://blogs.yahoo.co.jp/a_anaguma_kun/30416343.html
 サイト管理者:a_anaguma_kun

記事を要約。
 何故か環境対策を行なっている人を目にすると怒り出す人や不快感を示す人が居る。
 例えばゴミ拾いなど、人には迷惑をかけずに個人でやっているのだから
 何も言わなければ良いのに。
 このように怒り出す人の怒りを解く、怒りに繋げないためにはどうしたら良いのか?


以下はそれに対する私とあなぐま先生のレスです。
赤文字で記載されているのは私がどの発言を見てどのように感じ
どのような意味合いでその時にレスをしたのかの補足です
青文字はあなぐま先生の発言からの引用、
桃文字ははゆの発言からの引用です。



>はゆの発言

「はゆです。"世の中に我侭な人は居ない"と言う言葉があります。一方から我侭に見えても、それは文化の違いであると言う意味です。文化の違いは国と言う広い意味もありますし、同じ家に住んでいても各個人の文化を持つ場合もあります(文化と言う言葉は集団行動の場合に使われますが、ここではあえて個人においても文化と表現しています)。 」

「続きです。怒っている人にはそれなりの考えがあって怒っているのであって、それを見て「黙ってやっている事、黙ってみてればええやん」と心の中で思っていることも、実は怒った人となんら変わりの無い物の考え方だと言えます。つまり"自分の意にそぐわない行動をとる相手に対して怒りだす"のも"怒られたときに「怒らなくてもいいやん」と思う"のも各個の文化といえます。と小難しい事を並べましたが、昔の人は簡潔に一言で言う術を知っています。【十人十色】。 」

散々あなぐま先生のブログで述べましたが、
「文句を言う人も言わない人も世の中にはいて、それぞれです」と言う事を記載しました。



>あなぐま先生の発言

「ちゅうことは,怒られたら謝っておけばいいということでしょうか?,はゆさん(^^;ゞ 「怒る」というのは,ひとつの反応の結果であり,それに対する連鎖反応もあるわけで,怒る方は分化として自由が容認され,怒られたことでとまどう連鎖反応の方は分化ではなく単なる我がままで容認されない・・そうこうとしょうか? それも一方的だと思うのですね(^^;ゞ(サイト管理者:a_anaguma_kun 、『あなぐま君は食べて掘る』、Yahoo!ブログ、 2006/3/31(金) 午前 7:57、なぜ怒るの?引用先:http://blogs.yahoo.co.jp/a_anaguma_kun/30416343.html)」

私は「怒られたら謝っておけばいい」とは一言も言っていません。
また、「怒られた事でとまどうのは我侭で容認されない」とも言っていません。
私が言ったのは「言う方も言わない方も人それぞれ」と言う事だけです。
そこで、あなぐま先生がどこかで読み違い勘違いされていると判断して
私は次のレスをつけました。(・`ω´・)



>はゆの発言

「はゆです。私の書き込みを良く読んでいただければ解ると思うのですが、簡潔に書くと「怒る方も文化なら、怒られた時に連鎖反応する方も文化」だと発言しています。私は「怒られたら謝れ」とも「連鎖反応し出た感情が我侭」とも言っていません。最初に明言している通り"世の中に我侭な人は居ない"と言う言葉があると言う事です。

続きです。もちろん、あなぐまさんの言う"怒る"と言う行為が他者に対して迷惑行為や何らかの危険に当たるのであれば相手に対して注意を呼びかける必要性はあるかと思いますが、"怒る"と言う言葉の意味単体で考えた場合、それはコミュニケーションの一つでしかないと思うのです。長文失礼いたしました。

上の段落で間違いの訂正。
下の段落で相手の発言に対し、ハラスメントと成りうる
「迷惑行為」や「何らかの危険に当たる」(言われる事が苦痛であると感じる)のであれば、
相手に対して注意する必要性はある
(個人でやっているのだからほっておいってと言うなど)とコメントしています。
この私のレスに帰ってきたあなぐま先生のコメントは次の通り




>あなぐま先生の発言

「そこなんですよね(^^;ゞ 「怒り」の感情と「怒る」という行動は,別物だと思うのですよ,はゆさん。実際,はゆさん,怒ってらっしゃるように感じるわけですが,それはなぜですか? ということを,「怒る」の中にみているのです。「怒る」は,「阻止」行動でもありますから,なぜ「阻止」が必要なのか?ということです。どう思われます? 特に,黙って行なっている個人の選択を「阻止」する理由は? それも現象ではありますが,文化って言葉とは相いれないものに感じますが(^^;ゞ (サイト管理者:a_anaguma_kun 、『あなぐま君は食べて掘る』、Yahoo!ブログ、 2006/3/31(金) 午前 7:57、なぜ怒るの?引用先:http://blogs.yahoo.co.jp/a_anaguma_kun/30416343.html)」

ここであなぐま先生より
>黙って行なっている個人の選択を「阻止」する理由は?
と問われましたのでそれに対するレスポンスを入れました。


>はゆの発言

「極端な話をします。「自殺しようとしている人に自殺するなと止める人」も居れば「他人が死のうが関係ないと考える人」も居ると思います。これは「死ぬ」と言う物の考え方に対する個人の"文化"(ここでは個性と言った方が解りやすいでしょうか)だと考えて良いかと思います。このとき自殺を「阻止」する理由は容易に考え付くはずです。容易に考え付くのは広く一般的にその考えが文化として広まっているからに他なりません。 」


「自殺」は「黙って行なう個人の選択」である事を例に出し、
しかしながら、「自殺であれば個人の選択だろうが阻止しますよね?」と話を続けます。
恐らく「自殺を阻止する為の理由」はあなぐま先生もわかると思うんです。
そして、どうして「自殺を阻止する為の理由」があなぐま先生にも解るのか。
それは「命が尊いものだと言う事を阻止する人みんなが知っている」ということ。
すなわち、そう言った文化の中で育ってきているからです。


>はゆの発言

「続きです。上の例はもちろん極論ですが、自殺を止めると言う例をあなぐまさんの記事の内容と比べても、起きている事は同じだと思います。他人が何かをしているのに怒る人も居れば、怒られて何故怒るのかと考える人も居るという事です。そして何故怒るのだろうか? と考えたとき、怒る相手の考えが解らないのは「文化(個人の場合は考え方)が違うから」と言うに行き着く筈です。 」


ここで話は戻ります。
「自殺」と言う題材は極論ですが、
あなぐま先生の「黙って行なっている個人の選択を「阻止」する理由は?」の問いに答え、
「個人を阻止するための理由」は確かにそこに存在した事を説明しました。

そして、「自殺を阻止する事」は
多くの人の認識として存在しているため理由は容易に解るけれど、
「いきなり怒り出す人」の行動は沢山居るとしても"少数派"なはずで、
容易に理解出来る考えであればすでに決着しているだろうけども、
こうやって決着していない状況を考えると
変だと感じる"多数派"には考え付かないのでしょう



>はゆの発言

「続きです。"怒り"と言うメカニズムは記事内にある1~5の考え方もあると思うのですが、"何故その人はあなぐまさんの行動を見て怒ったのか"はその人にしか解らず、その人の怒りを解くのも怒りに繋げないのもその人自身か、広く見てもその人と長く付き合い性格(文化)を理解している人しか解らないのではないかと考えます。案外"声を荒上げ、厳しい顔をしながら言った一言"もその人にしてみれば普通の会話の延長線上でしかなかったのかもしれません


「多数派には考え付かないけど、その人にも理由はあるのでしょう
 それはきっと文化の違いなので、本人か、本人の性格や周りを取り巻く環境を
 良く知っている人しか解らないんじゃないのかな?」
と言う意味合いでレスしたのです。

また、
あなぐま先生が言う
「黙って行なっている個人の選択を「阻止」する理由は?」と言う問いに関して、
案外"声を荒上げ、厳しい顔をしながら言った一言"もその人にしてみれば普通の会話の延長線上でしかなかったのかもしれません

「相手にしてみれば怒っているのではなく、ただ会話しただけなのでは?」
とレスしたのです。



>あなぐま先生の発言

「いや,はゆさん(^^;ゞ この場合は,単にアイドリングストップのようなものであり,公共福祉に反するものでも,自殺のように人道に反するものでもないので,ちょいと,話しが飛躍しすぎて,ごめんなさい,ついていけないです(^^;ゞ なぜ,特に問題もない,むしろ環境の時代の中で推進されようとするような,しかも個人の選択を「阻止」する必要があるのか?が,きっと重要なんだと思うのですね(^^;ゞ (サイト管理者:a_anaguma_kun 、『あなぐま君は食べて掘る』、Yahoo!ブログ、 2006/3/31(金) 午前 7:57、なぜ怒るの?引用先:http://blogs.yahoo.co.jp/a_anaguma_kun/30416343.html)」


>単にアイドリングストップのようなものであり,公共福祉に反するものでも,自殺のように人道に反するものでもない
この時点で私が「自殺」を例にあげた事が間違って捕らわれています。
まぁ、自殺に関しては後から読んでみる分に
あなぐま先生が捕らえたような感覚になってもおかしくは無いと思います( ̄▽ ̄;)ヾ
文章能力の無い私・・・orz
>特に問題もない,むしろ環境の時代の中で推進されようとするような,しかも個人の選択を「阻止」する必要があるのか?
これに関しても散々「その人の考え方であり、それは解らない」と言っているのですが
「自殺」の例が間違って捕らわれてしまった所為で伝わらなかったようです。



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by mikenekohanten | 2006-03-31 23:28 | 雑談