【はゆのトンデモ地球論】その12

にゃんとろ はゆです♪



はゆのトンデモ地球論、第十二回目です。
でも、読まれる前には注意があります。
はゆのトンでも地球論は第一回目から順番にお読みください(`・ω・´)

 →【はゆのトンデモ地球論】
















では、【はゆのトンデモ地球論】の第十二回目に行きましょう♪

第十二回目のテーマは【人がゴミを捨てる理由・人がゴミを拾う理由・2】です。

















前回のつづきになります。

ゴミを、必用の無いものを捨てるという行為は
実は動物の本能にそった行動である気がする・・・と言う考えを前回に語ったのですが、
では・・・どうして人間は一つにまとめる(ゴミ箱やゴミ捨て場などを利用する)のでしょうか。

















景観を良くする為。
清潔に保つ為。
安全に保つ為。
エコの為。
















イロイロな考え方が出来そうですが、
上であげたような考え方を全てひっくるめて、大きく見た時の元本にある考え方は
メンテナンスのため」だと言えるのではないかと私は思います。





例えば私が定期的に行っている浜辺のゴミ拾いを例に出してみると

景観が悪いのはもちろん、
生ゴミなどで虫が沸いたら良い気分で居られません。
人に悪さを働く菌だって発生しかねません。
気持ちよく利用するにはやはり清潔なことが重要です。
また、浜辺をはだしで歩くのは気持ち良いですが、
割れたビンなどがあって足を切ってしまっては危険です。
気持ちよく利用するにはやはり安全なことも重要になります。

そう言う「メンテナンス」と言う考え方で
ゴミを彼方此方に捨てないで一箇所にまとめる、
もしくは落ちているゴミは拾って一箇所にまとめる・・・。
そして、集めたゴミをそのまま夢の島に捨てるのではなく、
再利用できるものは再利用するエコと言う2次的な考えが生まれます。





実はこれ、昔の里山の生活にも密接に関係した考え方だったりします。

例えば、昔の里山に住んでいた人は頻繁に山の中に出入りしていました。
木を切ったり、果実を取ったり、食料となる獣を捕まえたり。
そのために利用していた「山道」
通行の為、荷物の出し入れの為、さまざまな用途で利用していましたが、
安全に使いやすく利用するためにはメンテナンスは欠かせませんでした。

山道には多くの樹木があり、時間が経過すれば枝が山道まで延びてきたり、
道から実生の木が生えてくることも。
通行の邪魔になり、安全面でもあまり良くない木の枝などは
定期的に切り落として綺麗に使いやすく安全になるように手入れをしていたのです。
更に切り落とした枝などは2次的な利用で焚き木などに利用しました。





なるほど・・・
こう考えると、人間が現在やろうとしていることは、
人間が昔からやってきたことと何ら変わりが無いことがわかります。

上では里山の住人が山道を利用することを例えに出しましたが、
これって、何にでも言えることなんですよね。



はゆさんが尊敬する某大学の先生は
こう言う事を説明するとき「物の価値」という表現をします。

山道がなぜ出来たのか?
それは人が安全(楽に、簡単に)に通行するため。
それが安全に通行できないのはその物の価値が失われた証拠です。

人がメンテナンスを行うのは
快適に使える状態、すなわち物の価値を保つ為。





ここまで考えがまとまると、結論は出てきます。
ゴミをゴミ箱に捨てるといった「マナー」は
そう言ったメンテナンスを行うために繋がると言うことです。

















となると・・・
ゴミのポイ捨てはどういうことになるのか・・・

次回に続きます。
by mikenekohanten | 2007-03-02 21:54 | 雑談