【はゆのトンデモ地球論】その15

にゃいふど はゆです♪



はゆのトンデモ地球論、第十五回目です。
でも、読まれる前には注意があります。
はゆのトンでも地球論は第一回目から順番にお読みください(`・ω・´)

 →【はゆのトンデモ地球論】
















では、【はゆのトンデモ地球論】の第十五回目に行きましょう♪

第十五回目のテーマは【人がゴミを捨てる理由・人がゴミを拾う理由・5】です。

















では、前回から続き今回は「新しい考え方」を見ることにします。



「新しい考え方」を考えるとき、
この【はゆのトンデモ地球論】を初めから読んでいれば、
ある程度の形が見えてくると思います。

「古い考え方」が
 同じ種族が互いに協力し、互いに繁栄するために、
 互いの生息環境範囲のメンテナンスを行うと言う結論

・・・に行き着く場合、
それに対応した「新しい考え方」を単純に答えるなら
 ゴミをポイ捨てする人にとって、そのポイ捨てするその空間は
 メンテナンスするに値しない、自分の生活空間では無い・・・

と言うことになります。



しかし、ゴミのポイ捨てが日常的に行われている場所を考えると、
例えば、"公園"であったり、"道路"であったり、"海岸"であったり、"河川"であったり。

公園を利用している人間がその場所にゴミを放置していくと言う状況は、
明らかに自分が利用している場所を汚し、更にメンテナンスすることなく
放置していると言うことになります。

これは、「生活空間で無いからメンテナンスしない」と言う結論とは違って、
「生活空間であるがメンテナンスしない」と言う結論になります。
そうなると【人がゴミを捨てる理由・人がゴミを拾う理由】で述べてきた内容にある、
他の動物の行動とは少々違う結論だと言えるのです。

鳥が地面にフンをしてもそれを放置しているのは
彼らは基本の生活空間が空であり、巣であるため、
清潔にメンテナンスするには巣だけで良い訳です。
だからこそ、フンをどこにするという訳でもなく、自由にフンをするわけです。
明らかに「他の動物の考え方」と人間の「新しい考え方」は違うといえます。

他の動物の考え方の前提に「生活空間でないからメンテナンスしない」と言うのに、
人間の場合は「生活空間でありながらメンテナンスしない」となるのはどういうことなのか。

















実は結論から言うととても簡単な事だと、私は考えています。

「新しい考え方」の根本は
「生活空間でありながらメンテナンスしない」と言う考えではなく、
「生活空間であり汚すが、メンテナンスする必要無い」と言う考え方だと言えるのです。

なぜメンテナンスする必要が無いのか。
それは「メンテナンスする事で得る利益が自分に無い」と考えているからなのです。

















非常に胆略的な答えや考えにも見えますが、
実はこの「自分に返ってくる利益を求める」と言う考え方は
今の日本に徐々にですが広く深く根付き浸透してきているのです。

それは近年、日本人の根本となりつつある「新しい考え方」。
一言で言えば個別責任
これが大きな割合を占めてきています。

例えば企業に置いて、古い考え方で言えば
「誰かがミスをすれば会社全体の責任」となります。
しかし、新しい考え方で言えば、
「誰かがミスをすれば、ミスした本人の責任」となるのです。

もちろん、ミスした本人が責任を取ると言う考え方は昔からありますし、
現在でも企業に置いて誰かがミスをすれば企業の責任と言う考え方はあります。
しかし、責任におけるウエイトは確実に全体責任から個人責任に移動しているのです。

その極端な例えとして言えるのが「給料」でしょうか。
昔は年功序列で年齢に応じて一定の給料が支払われると言う仕組みでした。
もちろん頑張れば順を追って出世し、手を抜けばそれなりの役職です。
けれども、共に頑張り企業が大きくなれば、
一定に支払われる金額が同僚と共に大きくなる、そう言う仕組みでもありました。

しかし今では能力に応じての給料が支払われると言う仕組みに変わってきました。
技能や能力が高くミスが少ない者は極端に出世し、
それが出来なければ出世の見込みはありません。
企業が大きくなれば、功績を残したものにだけの利益になる仕組みに変わったのです。

簡単に言えば、個々の能力をシビアに測るシステム。
このシステム事態を悪と言うわけではありませんが、
それが個別の責任へと転化されつつあるのは確かだと言えます。
そして、この個別責任と言う考え方から生まれるのは
「自他共に利益を得る」と言う考えから反し、「自分が利益を得る」と言う考えに変わり
逆を返せば、自分に与えられた責任以外を負う必用は無い考え方と言えるのです。

自分の仕事を与えられ、自分の利益になりうる仕事だけを行う。
同じ企業、同じ部署に配属しながら、
同僚の仕事の進行状況は関係ない。
同僚がミスをしても、それは同僚のミスで、利益にならない自分には関係ない。



上の例えは「企業」でしたが、人の生活のイロイロなところに見受けられます。
学校社会、ご近所付き合い、友達、家族内。
人が集団で集まる空間では、
一人個々にその責任の全てが圧し掛かるようになってきているのです。

















次回、ようやく今回の結論部分にたどり着きそうです・・・
by mikenekohanten | 2007-03-09 22:53 | 雑談