【はゆのトンデモ地球論】その16

にゃんたじ はゆです♪



はゆのトンデモ地球論、第十六回目です。
でも、読まれる前には注意があります。
はゆのトンでも地球論は第一回目から順番にお読みください(`・ω・´)

 →【はゆのトンデモ地球論】
















では、【はゆのトンデモ地球論】の第十六回目に行きましょう♪

第十六回目のテーマは【人がゴミを捨てる理由・人がゴミを拾う理由・6】です。

















前回、「新しい考え方」の根本が根付きはじめていると言うお話をしました。
これが、道に落ちているゴミとどのような関係をなして来るのか。
それをお話したいと思います。

















まずは前回のおさらいも含めてなのですが、
自分の責任は自分の責任、他人の責任は他人の責任と割り切ると言う
新しい考え方」を道に落ちているゴミに当てはめて見ましょう。

 道にゴミが落ちています。
 そのゴミは「自分が捨てたもの」ではありません。
 ですから「拾いません」
 自分のゴミは自分で処理しているので、関係ありません。
 自分に利益が無いので、ゴミは拾いません。


このようになります。

実際、私はご近所の社の境内や公園などに行くのですが、
そこでは利用する多くの人からいろんな声を聞けます。
その中でもっとも多いのは
「ゴミが乱雑に捨ててあって、汚いね」と言う人。
しかし、そう言った事を言う人の中でも、
そのゴミを集めて捨てようという人はごく一部で非常に少なく、
多くの人の考えが、汚ければそこを利用しないだけなのです・・・





この例えだけ見ると、本文の内容は何も悪いことはしていません。
自分のゴミは自分でちゃんと処理しています。
どこにも恥じることをしているわけではありません。
当然の事をしている訳です。

しかし、私はあえて「悪い事をしている」ように書いています。
それは何故なのか。





「自分の利益にならないことは行わない」と言う意思は
自分の利益になることしか行わない」と言う反面の言い方が出来ます。

この反面の言い方が出来ることこそが「新しい考え方」の落とし穴なのです。





「自分の利益になることしか行わない」人を想像してみてください。
「自分の利益になることしか行わない」と言う考え方が孤立し進行した姿。





初めは「自分のゴミ以外のゴミは拾わない」と言う考え方です。
しかし、自分のゴミを自分で処理することも、「自分に利益が無い」と考えるようになると、
その観点からゴミのポイ捨てが始まります。

 自分のゴミを自分で処理すると言う観点を失わなければ
 そういった考え方に至るはずがない。


そう考える人も居るかもしれませんが、
実際問題として粗大ゴミの不法投棄を考えてみれば、
今までちゃんとゴミ捨て場に捨てていた人が、
廃棄するためにお金が掛かるからと言う理由で不法投棄を行うようになっています。
これは「自分の利益にならない」と言う観点から行っていると言えるのです。

これは粗大ゴミだけの話ではありません。
むしろ人間社会の全てのルールに言える話です。

小さな社会のルール、マナー。
法律で言うところの軽犯罪、重犯罪も全て含めた、
ルール(マナー)が守れないと言う行為は
「自分の利益のみを優先させた結果」と言えるのです。





自分のゴミはちゃんと処分するが、自分以外の人のゴミは処分しないと言う考えは
「自分だけの利益を優先させた結果」であり、
この考え方は「マナーを守らなくなる」と言う可能性を含む表裏性を持っているのです。

 自分のゴミを自分で処理すると言う観点を失わなければ
 そういった考え方に至るはずがない。


本当にそう言った観点を持って、本当にマナーが守れるのであれば、
その人はきっと自分のゴミを処分し、他人のゴミも処分できるのです。






なぜ、自分のゴミを自分で片付けるのがマナーなのか。
それは、自分のゴミを放置することで他人に迷惑をかけてしまうから。
すなわち「自分の利益ではなく、他人の利益を考えている」から。
そして「他人の利益」を考えることが出来るのであれば、
必然的に「他人がポイ捨てしたゴミ」も拾えるはずなのです・・・。

つまり、「自分のゴミは自分で捨てる事」をボーダーラインとし、
更に他の人が捨てたゴミを拾える事がマナー向上に繋がり、
つまり、「自分のゴミは自分で捨てる事」をボーダーラインとし、
更に他の人が捨てたゴミは放置する事がマナー低下に繋がるのです。

















次回、【人がゴミを捨てる理由・人がゴミを拾う理由】の最終回です。
by mikenekohanten | 2007-03-13 20:21 | 雑談