シロの死因

6月13日 はれ





突然ですけど、私の父親は猫嫌いです。
父親が自分で、「俺は猫が嫌いだ」と言うのです。

ただ、父親が本心で猫がキライなわけではありません。
それには理由があるのです。





人が飼う動物と言うのはその多くの場合が人よりも寿命が短いです。
犬や猫は寿命10年と言われていました。
今では動物医療が発達し、20歳まで生き抜くこともできるようになったと言います。
それでも、20歳なんですね。
ちなみに犬や猫は20歳で人間に換算すると100歳に当たるそうです。

これが、父親が「猫が嫌いだ」と言う理由の一つなのです。



人に飼われる犬や猫と言うのは、飼い主から見ると「子供」と同じです。
トイレはキレイに掃除してあげたり、散歩してあげなければいけません。
御飯だってちゃんと用意してなければいけません。
寝床もキレイに保ってあげなければなりません。

一つ一つ世話をする事で、彼らは飼い主に懐き、
「主人」として見れくれるようになります。
手が掛かる彼らの面倒を見ることで、愛着がわき、情が移ります。
やがて飼い主は「子供」と同じように、家族として生活していく事になるのです。

しかし、彼らは通常の場合、人より先に寿命がきます。
愛着がわき、自分の子供のように感じるその子達が、自分より早くに寿命がくる。
自分の子供とも言える子達が、自分より早くに寿命を迎える。
必ず、その悲しみを通る事を父親は知っていて、
「猫が嫌いだ」と言い続けているのです。










私がシロを飼いはじめた時、私は当然その覚悟を持って飼いはじめました。
そして、今もその覚悟は持っています。
だから、シロがなくなったと言う事を聞いたときの悲しみが
自分にとってどういうことなのか、理解が出来ないことでもありました。

ただ、どうしても、シロの死を自分の中で消化出来ない私がどこかに居ました。

9歳と言う若さ。
命を落とした時の凄惨な状況。
私が居ない場所で、いや、家族のいない場所で命を落とした事。
何故、そのタイミングでなければならなかったのか。
私はそれを消化する事が出来なかったのです。

私の好きな言葉に老少不定があります。
死に年齢は関係なく等しく訪れるという意味で、
これこそが本当の意味で言う平等をあらわした言葉だと思っています。
これは人だけではなく、動物たちにもいえることでしょう。

シロが亡くなってから数日が経過し、精神的に余裕が出来てきました。
今は、シロの写真を見ながら、
私は老少不定と言う言葉の意味を胸に感じる事が出来そうです。

















さて先ほどまで猫会のメンバーとお話をしていました。
猫会とは私が小学生の頃に私が作った愛猫団体です。
ほとんどのメンバーが私の同級生だったり、
私が前に住んでいた地域に住んでいる幼馴染だったりしますが、
中には私よりも年配の方や、元動物病院の医師の方もいらっしゃいます。

と言っても、
昔は年に数回会合を行ったり、会報を作ったりもしていたのですが、
私が高校を卒業する頃になると、忙しくなり、
私の同年代の友達たちも、県外に出たり、時間が取れなかったりとして、
この猫会は登録者の名簿を残すだけになり、事実上の解散となっていました。

ただ、メンバーの多くの方がシロの事を良く知る人たちだったので、
私は久々に押入れのダンボールの奥に仕舞いこんでいた名簿を取り出し、
6月12日に皆さんの元へ電話で連絡を入れ、
6月13日に私の家に集まれる人だけ集まってもらったのです。

集まってくださったメンバーは
前に住んでいた家の近くに住んでいる猫会創立時のメンバーでもある幼馴染や
シロが子供時代に色々とお世話になった元動物病院の先生など。
全員が集まったわけではありませんが、
もう顔をあわせることも無いような人たちと話をすることができました。





猫会のメンバーで色々とシロの話やそれ以外の
自分たちの近況なども話していたのですが、
ふと、誰と無くシロの死因についての内容に話が流れていきました。

シロの死因は不明です。
一体何故死んだのか、実際のところ解りません。

シロが亡くなったとき、
動物病院に電話で感染病などの可能性がないか尋ねたときに、
動物病院の先生にも細かく状況を説明して意見を仰いだのですが、
その動物病院の先生から言われたことは
「まず家猫で外に出していないのであれば感染症の可能性は薄い
 可能性として考えられることに有毒性のものを食べてしまったか、
 または、異物を食べてしまった、などが上げられるだろうが電話では特定できない」
と言うことでした。

まずは有毒性のものを食べた可能性。
しかし、シロはここ数ヶ月以上も外に脱走した事はありませんし、
シロとミケの事がありますから、家の中にそう言ったものは置いていません。
この可能性は限りなく低いです。

続いて異物を飲み込んだ可能性。
嘔吐したものを調べましたが、異物は混じっていませんでした。
体内に残っている可能性は捨て切れませんが、恐らくこの可能性もないと思います。





このことを、猫会に集まっていたメンバーに話をすると、
メンバーの一人の動物病院の医師を務めていらした元先生が
「詳しくシロが亡くなる前の状況を教えて欲しい」と言われ、
出来るだけ事細かく説明しました。

すると、元獣医の先生は
「猫のIBDの可能性が高いなぁ」と仰ったのです。

私は、そんな病名、聞いたことがありませんでした。
先生のお話では猫の炎症性腸疾患の事を指すそうです。
主な症状に、嘔吐、下痢、食欲不振を繰り返す傾向にあるそうです。





まず、嘔吐です。
通常猫は毛玉を吐くときなどにケロッと嘔吐することが間々あります。
そのため、勘違いされやすいそうなのですが、
このIBDに掛かっていると、非常に咳き込むような行動を取り、
苦しそうに胃の中の物を吐き出してしまうのだそうです。

シロは子供の頃から嘔吐を良くしていました。
毛玉を吐くだけではなく、食べたものを戻す、嘔吐癖があったのです。
普通の猫よりも吐く回数などが元々多かったのです。
シロは元々心臓が弱く、一気に食事を取った後などは必ず戻していました。
ここ2~3年でその吐く回数が更に増えたことや、
苦しそうに吐く事が続いた為に、今から約1年ほど前に
定期健診とは別に動物病院に連れて行ったことがあります。
その時の医者の診断では、触診のみでしたが、
「大きな異常は見られないし猫は通常吐くものだ」と言うことで、
犬猫用の胃薬のようなものを貰いました。

今思えば、あの頃既に症状が出ていたのです。
そしてこのときシロを診察した獣医はそれを見逃していたのです。





続いて下痢や便秘と言う症状。
胃などに炎症を起こしているため、おなかを下しやすく、
また、体力が衰えてくると便秘になりやすくなるそうです。

これをシロに当てはめると、まず、下痢に関しては心当たりがあります。
下痢をしたりしなかったりと、2ヶ月に1度ぐらいで行っていました。
翌日には便が普通に戻っていた為、強く意識していませんでした。

また、便秘ですが、これに関しては良くわかりません。
私の家にはシロの他にミケがいて、ミケもシロと同じ猫用トイレを使います。
また、猫用トイレの糞の始末は私と母親で気づいたときに行っていたので、
ちゃんと毎日糞をしているのか、ハッキリと確認できていなかったのです。

しかし、今思えば、シロは便秘気味だったような気もします。





そして最後に食欲不振。

シロは元々心臓が弱くて食事を大量に食べません。
子猫の頃からそうでした。
なので、食欲不振であるかどうか、気づいてあげることは出来ませんでした。





こうやって、先生が詳しく話をしてくださる事にシロの状況を一つずつ当てはめていくと、
大小ありましたが、大まかに全てが当てはまることが解りました。
ただ、シロは子猫の頃からIBDの症状に似た症状を行っていた為、
私は、そのIBDになった事を気づくことが出来なかったのです。

去年、1度嘔吐癖を不振に思い病院には連れて行きましたが、
そこで医者に言われたことを丸飲みせずに、
もう1つの病院で見てもらっていれば、シロの病気に気づけたのかもしれません。





そして、加えるなら
シロが亡くなる前の天気も大きく作用していたのではないか、と私は思います。

シロが亡くなる前日の天気。
香川県では6月8日(金)の夕方からとても凄い雷雨がありました。
四国電力の発表では、落雷が相次ぎ、
1万戸以上の家庭で停電が起きたと言います。

香川県に住んでいる方ならあの日の雷雨の異常さを感じたはずです。
私も夕方から家に引きこもっていましたが、
物凄い雷雨が、家の真上を通って行った間隔に陥りました。
雷の光と音がほぼ同時に起こり、まるで屋根の上で光っている・・・

物凄い雷の中、私がいつものように椅子に座ってTVを見ていると、
シロが枯れた声で鳴きながら私の方へと歩いてきました。
足がガタガタと振るえ、体は伏せた状態に近い姿で私に擦り寄ってきたのです。

そうです。
そのとき、シロは雷に怯えていたのです。
そして、その怯え方は異常でした。
私はシロを抱くと、雷が通り過ぎるまでの間、ずっとシロの体を撫でていました。

夜11時ごろになると、雷雨はすっかり通り越してしまっていました。
シロも何とか落ち着いたようで、私も安心しきっていました。
シロは、その日ちゃんと私のベッドで寝ましたし、
私が朝起きたときは、いつものようなシロの姿でした。

けれど、シロは子猫の頃から心臓が弱い事が解かっていました。
昨日の雷雨でシロがどれほどのストレスを感じたのでしょうか。
そのストレスが心的障害を起こしたと、私は感じています。

そして、6月9日、
私が家から出て2~3時間の間にシロは亡くなったのです。
















何故私がシロの死を自分の中で消化出来ないのか。
これがわかった瞬間でした。

私は何故シロの病気に気づいてあげれなかったのか。
いつも一緒に居て、シロの体の異変を察知する事が出来なかったのか。
たった1件の病院につれて行っただけで何故納得してしまったのか。
シロの心臓の弱さを知っていながら、
前日の雷雨の時のストレスを考える事が出来なかったのか。

このどれか一つでも気づいていたら、
少なくともシロは、そのとき死ぬ運命ではなかったのだと。
そして、それを気づくべきはずっと一緒に居た私のはずだったのです。
by mikenekohanten | 2007-06-13 00:06 | 雑談