シロとミケとの出会い

6月18日 くもり







シロとミケとの出会いは突然でした。

私がいつも通る帰り道。
たまたま自転車のチェーンが外れて治してたら、
近くの公園から子猫の鳴き声が。

猫好きの私が見逃すハズありません。



壊れた自転車をそのままに公園に入ってみると、
目に飛び込んできた光景は当時の私には少しショックの大きなものでした。

















小さな白い子猫を、数羽のカラスがつばんでいたのです。
遠めに見て少し恐ろしい光景でした。
しかし、カラスは私に気づいてか、その場から飛び立ってしまいます。
恐る恐る近づくと、まず私の足元に絡み付いてきたのは小さな三毛の子猫でした。
恐怖から逃れるように私の足にしがみついて来たのです。
どうやらミケの法は無傷でした。
私はミケを引き上げ、白猫の方へ。
シロは悲痛な鳴き声を続けていました。

シロを良く見ると、後ろ足が真っ赤になり、カラスに喰われていた事は明白でした。

あたりを見渡しても親猫の姿はありません。
また、新聞紙を丸めた小さなダンボールが転がっていました。
捨て猫と判断した私は自転車の前カゴにその新聞紙を敷き詰め、
ミケとシロをカゴに入れて、
外れていたチェーンを入れなおすと自転車を走らせました。

動物病院へ向かうためです。

病院へ向かう途中、シロもミケも悲痛な鳴き声をしていました。
ミケはカゴの中で小さくなり、シロは動く前足だけで這って、
カゴから抜け出そうとしていました。

私は出来るだけ段差の無い道を選びながら、
何度もシロをカゴの中に戻しながら、動物病院へと向かったのです。





私の家では元々、犬を飼っていたことがあります。
名前はタロウ。
柴犬の雑種です。
そのタロウは既に亡くなっていたのですが、
狂犬病の予防接種でお世話になった、犬猫病院が一番近く、
先生とも面識があったので、そちらへ向かいました。

動物病院に入ると、見慣れた獣医が出てきました。
シロの足を見てもらったのですが、
獣医の先生はシロに人差し指を突きつけてグルグルと回し、
シロがその指を目で追うことを確認していました。
そして、先生が言います。
「これはキミの猫か、それとも捨て猫か」と言う質問でした。
私は「恐らく捨て猫です」と答えると
その病院の先生は「じゃぁ治療は出来ない」と答えたのです。

先生はシロの傷を見て続けます。
「まず、この子猫の傷を見る限り、治療しても歩けるようになる保障は無い」
「また、捨て猫の治療費を誰が払うのか」
「仮に治療したとして、誰も飼い主がいないのであればまた捨てられるのか」
そう言うのです。

なので、私は自信を持ってこう答えたのです。
「私が必ず里親を探します」と。

実は先日のお話にも少し出てきました猫会と言うグループは
捨て猫や家猫でも子供が生まれて来た子猫たちの里親を探す会です。
過去には何十匹と言う子猫の里親を探した他、
その昔は私自身も数匹の猫を飼っていました。
そう言った経緯があったため、私は里親を探す事に自信があったのです。

しかし、それでも先生の答えはNoでした。
理由は簡単です
「足の治療の間はどうするのか」
「足の治療が上手くいかなかった時、里親が本当に見つかるのか」
「足の動かない猫を誰かに押し付けるのか」
先生は私を攻め立てるように言いました。

しかし、この先生の言いたいことは十分に解かるのです。
私は長い間、猫会で里親を探すという事を行っていたのですから。
私はイロイロな考えをめぐらせた後、
最終的に決めた結論は、私がシロを飼うと言う事でした。



私がシロを飼うと言うことを告げると、先生は直ぐに手術に取り掛かりました。
私は立ち合わせて貰えなかったので
どのような治療を行なったのか解かりません。
しばらくして、先生がシロを連れてやってきました。
シロはすっかり落ち着いた様子です。

先生から言われたのは「治る見込みは五分五分」
私はシロとミケを引き連れて家に帰ったのでした。

















困ったのがここからでした。
私の家は引越しをする前は猫を飼うことも許されていたのですが、
新しく引っ越した家は動物禁止でした。

いえ、父親が禁止にしていたのです。

しかし、私は家で飼うと獣医に宣言しましたし、
シロの怪我が治るまではどちらにせよ私が引き取らないといけない為、
この猫を家で飼うしかなかったのです。





さて、私が取った方法ですが、ずいぶん古典的だったと思います。

まず、私の部屋で内緒で飼って、
既成事実を作ってしまって、バレればそのとき。
はい、翌日にはバレていました。
シロはカラスに襲われた事が余程怖かったのでしょう。
夜に怖い夢を見るようにうなされて鳴いていました。

猫を飼うことに対し、父親は断然反対を通しましたが、
私は超が付くほどの頑固者でしたので、父親の反対も物ともせず。
最終的には私の部屋から出さないと言う条件で
家で飼うことが認められたのです。

もちろん、これも古典的な方法ですね。
一度飼い始めたら部屋を脱走するでしょうし、
子猫の頃は小さな部屋でも良いですが、大きくなればそれで収まりません。
何より、私の部屋だけと言っても、顔をあわせる機会はあるでしょうから、
上手く情が移れば、他の部屋へも自由に行き来できるようになると、
初めから計画のうちでした。

















さて、
シロの怪我の経過は順調で、
先生から貰った薬もちゃんと我慢して飲んでくれて、
食欲有り、糞尿有り、と良い結果でした。

しばらくして、後ろ足を引きずりながらも歩く姿を見たときは感動したものです。

何度も通院した後、先生から
足に後遺症が見られるものの後は成長と共に治るだろう、と
治療完了宣言を受けました。

















先生の宣言通り、
シロには後遺症が見られたものの、
凄く活発に動けるまでに、足は回復しました。
階段を駆け上がるとき、前足を踏み外して、顎を角にぶつけてもがいたり、
高いところに上ったのは良いけど、降りれなくて鳴いていたり。

逆にミケはのんびりしているものの、用心深い性格のため、
ミケがしっかりもののお姉ちゃん、シロはドジな妹と
家族の中でそう言った割り振りがされていたりも。

シロの体調が良くなり、1歳を過ぎた頃になると、避妊手術を受ける事になりました。
これまではずっと家の中で飼われ、もちろんこれからも家の中で飼われるのですが、
今後の事を考えると、飼い主として避妊させておいた方が良いと言う結論に。
お願いしたのはシロの足の怪我を治してくださった先生でした。

















その後、先生には予防接種でお世話にもなったのですが、
シロが2歳の頃に獣医を辞められました。

この先生が、先日シロの病名の特定をしてくださった、
猫会のメンバーの一人の元獣医さんです。

この先生が病院を続けていて、シロの事を毎年見てくれていたら
シロの病気にも気づいてくれたのかな、なんて事も考えてしまいます。

















これが私と、シロとミケとの出会いでした。
そして9年間。
シロは少食で痩せ。
食べてもスグ戻しちゃいます。
でも、走るのが大好きで活発な子でした。
冬に寒くなると、テレビの上で寝るのが好きでした。
テレビって暖かいんですよね。
それで長く伸びるものだから、テレビの上の置物をボトボト落とします。

いつも寂し気に鳴いていました。
いつも高いところに上っていました。
子供の頃は後ろ足の後遺症からか、ドジばっかりでしたが、
4~5歳にもなると、ミケよりも活発に走り回って、
自分より何倍も高い棚に飛び上がったりもしました。

シュークリームのクリーム、プリン、抹茶アイスが大好きでした。
フライパンの油も大好きでした。
油舐めてるから絶対化け猫になるよ、なんて笑い話もしまいた。

いつも私について周り、いつも私を見て、
私のそばにいるのが当たり前の毎日になっていました。



彼女との出会いがこれほどまでに
私の心に強く根付いた事に、私は感謝しています。



















沢山の励ましの言葉、ありがとうございました。

自分を責めていないと言えばウソになりますし、
逆に自分を責めても始まらない事も理解はしています。
けれども納得いかないんですよね。
見る人が見れば「悲劇のなんたらを気取って」なんて言われるかも知れません。
きっと、私はみんなから心配して欲しいんですね。

シロの初七日を過ぎて、私にも随分と余裕が出来ました。
朝起きたときに、シロが隣にいないと言う違和感も
それが違和感に感じなくなってきました。
時間が経つという事に恐怖を覚え、安堵を覚えました。

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明日からはこれまでの記事に戻したいと思います。
最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
by mikenekohanten | 2007-06-19 00:09 | 雑談