【はゆのトンデモ地球論】番外編3

にゃろみあ はゆです♪

これは はゆのトンデモ地球論、番外編です。
ですが、後日トンデモ地球論本編に加えられる可能性があります。

 →【はゆのトンデモ地球論】
















実は前々から地球論で書きたかったネタがある。
それは「妖怪」と「自然」と「人間」の関係だ。
私が尊敬する先生の一人の自論でもあり、これがとても興味深かったのだが、
今回は、その興味深い話を自分の中で消化して、自論を交えて話をしようと思う。



今回の地球論。
タイトルをつけるなら「妖怪、禁止看板現る」だ。
さて、このタイトルからどんな記事を想像する事が出来るだろうか?

















近年、立入禁止区域と言うものが、数多く増えたように思う。

私が讃岐の出身であるが、讃岐は昔、ため池の多さを誇っていた。
そのため至る所にため池を見ることが出来た。
男の子は釣りで遊んだりしていたし、浅いところでは平気で泳いだ。
ため池は川と違い、水の流れがない場所だ。
そのためいつも濁っていたし、随分汚かった。
大人たちからは「田んぼに入れる大切な水」だからと怒られたりもしたが、
子供の頃って言うのはそう言うものには大抵平気で、
怒られようが、汚かろうが、面白いものには貪欲だ。

だが、そんなため池王国だった讃岐でも、
近年では、大きな池では「水泳禁止」「釣り禁止」何でもかんでも「立入禁止」
中には、この看板が許せないと言う者も居る。
なぜなら、コイツがある所為で、その池で遊ぶ事が出来ないからだ。

だが、街中でこうやって
「危ない」から「禁止」と言う看板が増えたのには、実は訳がある。
それは、「妖怪が子供たちの友達になってしまった」事だと考えている。
















今から数百年前の話をしよう。
今で言う"里山"の環境に生活していた昔の子供たちは平気で川遊びをしていた。
木々にも登り、木の実を採るし、山の中も駆け巡っていた。

しかし、その頃は今ほどそう言った行為が危険ではなかった。
それは、大人たちの目があると言える。

その昔は今のように交通手段が発達していなかった。
子供たちは歩いてでしか移動できないから、いける場所なんて多寡が知れている。
昔は親が知らないような場所への遠出が、子供の力だけでは出来なかったのだ。

更に当時の暮らしでは、子供たちが遊ぶ場所で必ず大人たちが見ていた。
これも当時の生活空間が大きく影響している。
大人たちの仕事空間と生活空間がそれほど離れた場所には無かった。
そして、村の人々が共に互いの子供たちを見守っていた時代でもあった。
子供たちが海に遊びに行けば、
海の漁師やそういった仕事に生業にしている大人が働きながら子供を見ている。
子供たちが山に遊びに行けば、
やはり、山で生活をしている猟師や樵を生業にしている大人たちが居て、
田んぼや畑、川、子供たちが行く場所の近くには大人たちが居たのだ。

つまり、その時代の大人たちは
自分の目に入る位置に子供を遊ばせていたと言う事だ。

また、当時から子供たちは決して1人では遊ばなかったと言う。
これは近年の里山の生活を見ても良く解かる。
ご年配の方に聞けは昔は年齢や学年、性別も関係なく遊んでいたと言う。

以前に、【トンデモ地球論】その22でも語ったが、
こうやって集団で遊ぶ事も実は危険を回避するための方法の一つだったと言える。
中の一人が怪我をしたり、池で溺れたりしたとき、
年長に当たる子はすぐに被害にあった子を助けに行く事が出来る。
周りに居るそれ以外の子は近くに居る大人に助けを呼ぶことが出来る・・・
今はトンと少なくなった「子供会」なんていうのも実はこの名残であると解かるだろう。



つまり、その昔は子供たちの遊ぶ場所の近くには
必ず大人の影があったと言う事だ。
村ぐるみで子供たちを大人たちが見ていたということだ。

親と言う語源を紐解くと面白い事が解かる。
今では「父親」や「母親」しか当てないが、
その昔は「祖父」や「祖母」、さらには祖先までを「親」と呼んでいたとされる。
小さな村では村の大人全てが「親」とされていたとも言えないだろうか。



だが、ここまで大人たちが目を光らせていたとしても、
親の目を盗んで、危険な場所で遊ぶ「悪ガキ」って言うのがどうしても出てくる。
そこで大人たちは危険な場所に子供たちを近づけない策を練るわけだ。
それは今で言う「立入禁止」の看板である訳だが、
もちろん、その時代には危ない場所に「立入禁止」なんて看板は無い。
当時の日本の格差って言うのは上から下まで天と地の差があった。
そう言った階層の者は、ちゃんとした語学を習う事も無く、
毎日の生活を一生懸命に生きて一生を終える。
つまり、読み書きが出来なかったのだ。
親が読み書きできないのだから、子供たちも読み書きできない。
かと言って、読み書き自体は生活に支障は無かった。
会話が出来れば、当時の生活は十分過ぎるほど回っていたのだ。
そんな環境が基礎にあるのだから、
読み書きが出来ないのに文字を書いた看板なんて意味がない。

だが、親は子が心配だろう?
危険な場所に遊びに行かせるわけには行かない。
ではどうしたのか?

その答えは簡単だ。
大人たちは子供に「恐怖」を植えつけることによって
危険な遊びをさせないようにした訳だ。

その「恐怖」こそが「妖怪」である。

















日本の妖怪って言うのは、大抵何らかの意味のある存在だ。

有名なもので言えば「河童」だろう。
人が近づかない池にはカッパが潜んでいて、人間の子供を見つけては
池に引きずり込んで溺れさせ、シリコダマを抜いてしまう。
シリコダマとは人間の尻の奥にある架空の臓器だ。
むしろ、魂的存在に近いもので、このシリコダマを抜かれてしまうと、
人は家の外に出るのを怖がり、腑抜けになってしまうと言う。

この河童の存在理由は1つである。
「山奥の人の居ない池に子供だけで行って、誤って泳いで溺れないように」
大人が子供に恐怖心を植えつけたいと言う理由だ。
むしろ、シリコダマなどの話を聞けば、
実際に池に溺れてトラウマになり、家から出られなくなった子供などの
実体験が加えられた話だとも言えなくはないだろうか?
(水死体の尻穴の開いたモノを見てシリコダマを抜かれたと言う説が有名だが)



つまり、子供に危険な事をさせたくない為に妖怪と言う「恐怖」を利用したわけだ。

だが、「妖怪」と言う存在は危険な場所へ行かせない事だけではない。
例えば風呂掃除をしなければ、妖怪垢舐めが出る。
垢舐めが舐めた風呂に入ると体を壊すと言われている。
これはお風呂をキレイに保たなければ病気に成ると言う戒めであると言える。
例えば里山の山道の管理をしなければ妖怪下がりが出る。
馬の妖怪で夜道に荒れた里山の道を歩くと、木の枝が馬の足になって頭を蹴られる。
これは山道を手入れしなければ、木々の枝が伸びて危ないと言う戒めだ。

こうやって子供たちに「恐怖」を植え付けることで
危険な事を行わないように戒めていたと言う事が解かる。
こうやって、目に入らない位置には「妖怪」と言う恐怖を置いて近づけなかった。




その他にも、今現在で言う「立入禁止」の看板に変わる目印もあった。
その一つが「山の祠」である。
「山の神様」とも呼ぶことが出来るだろう。

その昔、里山のような環境に住む人たちは、自分たちの住む区画を2つに別けた。
「管理する場所」と「管理しない場所」である。
昔は里山の管理も全て手作業で行なっていた。
便利の良い機械なんてものは無いに等しい訳だから、
山の中で人が管理できる範囲と言うのは必然と決まってくる。

すると、その里山に住んでいた人は
その「管理する場所」と「管理しない場所」の境に、山の神様を祭り祠を建てた。
その祠を境に住居区側を管理し、
管理しない方は人が入らないように区別するためだ。

何故その様な祠が必用なのか?

最近、里山の話を聞くと良く出てくる話があるだろう?
「最近は山に人が入らなくなって手入れしなくなったから山の中は危ない」
「手入れされていない山は凄く危険だ」なんて風に言われる。
そう、手入れされていない山は非常に危険な訳だ。
だからこそ、子供たちが誤って入らないように、
祠の先は神様が住んでいるから絶対に入ってはいけないと戒めたのだ。

「妖怪」でも「幽霊」でもなく、「神様」が住むとすることで、
悪ガキどもが悪さをしないように・・・
親の目を盗んで危険な場所に行かないようにしたと言える。

だが、それでも目を盗んで山の中に入ってしまう超悪ガキは居る訳だ。
そして荒れ果てた山の中に入ったっきり戻ってこなくなる。
これが「神隠し」な訳だな。
「妖怪」の仕業でも「幽霊」の仕業でもなく、「神」の仕業と言う訳だ。

こういったモノは祠だけに留まらない。
例えば小さな鳥井や立て札に二重丸を書いた危険信号に見えるものもある。

















なるほどな、その昔も「立入禁止」の看板に変わるものはいくらでもあった訳だ。
だが、今まで遊べていたハズの川や池、里山までも、
「危険だから立入禁止」と看板を掲げられるのは何故か?

それこそ簡単だ。
先に述べてきた事が出来なくなってきた。
環境が変わってしまった為に起こっていると言えよう。



子供たちは容易に遠出できるようになった。
自転車はもちろん、バスに電車。
小学生ぐらいの子供なら、一人で乗っていても誰も怪しまない。

親の仕事空間と生活空間に距離が出来た。
多くの人が会社に出勤するのに乗り物を使うだろう?
つまり、それだけ距離が離れているということだ。

夜は随分明るくなった。
その昔の里山なら真っ暗になって外をひとりでは歩けない。
だから、大人も子供も火が暮れる前には家に帰ってきていた。
だが、今は夜は明るく、子供たちの遊び場はいくらでもある。
いや・・・夜遅くまで塾通いの子だってざらに居るだろう?

子供たちが「妖怪」を戒めの対象で見なくなった事も言える。
昔の恐怖の対象であった妖怪は「友達」として描かれる事も多くなったのだ。

また、都市伝説に出てくる新しいオバケは、昔の妖怪のように
「戒めの意味」を持って出てくるケースは少ない。
近年のただの恐怖の対象でしか見なくなったと言える。
それもそのはずだ。
大人が子供たちに戒めを持たせようと考えた妖怪ではなく、
子供たちがただ恐怖心を煽るために作り出したものだからだ。

また、住居区の目は知られなくなった。
「隣は何をする人ぞ?」なんて、人の付き合いも希薄になった。

子供たちが池で遊んでいても誰も見もしない。
誰も気にも留めない。
子供だけで遊ぶ事の危険を注意しない。

















あんなに人が沢山居る公園で、平気で子供が溺れるのだ・・・。

















なるほど。
だから「立入禁止」の立て札が増える訳だ。
昔は子供たちの遊び場だったところは大人の目があったわけだが、
今はその遊び場に大人の目がない訳だ。
だから、そこは「手入れされていない山奥」と同じく危険な訳だな。
だから、山の神様を祭った祠よろしく「立入禁止」の看板を建てるのだ。

危険な場所に「入るな」と目印を建てる事は昔からあったと言える。
それがその昔は生活範囲の外側に位置していたのが、
今は生活範囲の内側に点々としているという違いだろう。
そして、それは昔の里山ような生活から
今の"街"の生活に変わった移り変わりによるものだと言える。

稀に「看板を掲げて子供たちの遊び場を盗むな」といった内容の事を
言う人間が居る訳だが、
そんな人間ほど、逆に事故で子供が亡くなったときは
「親が悪い」「環境が悪い」なんて事を言うのだろうな。
まぁ、バカナオトナにはその意味すら解からないのだろう。





さて、こうやって考えると良く解かる事が一つある。
池などに建てられる立入禁止の札には、
大抵「河童」の絵が描かれていると言うことだ。

私にはそれが、なんとも皮肉にしか見えない。
by mikenekohanten | 2007-07-18 22:36 | 雑談